日本代表西野監督退任!後任候補クリンスマン氏はどんな人?

<スポンサーリンク>

前評判を覆し16強進出を果たしたサッカー日本代表が5日帰国、会見を開きました。

引用元:au Webポータル

会見の席で西野監督は今後について語りました。

会見での西野監督の話、後任候補とされるクリンスマン氏についてまとめてみました。

西野監督の今後

帰国会見の席上で今後の去就について注目される西野監督ですが、今後について語りました。

「最初から、決めていた。」

今後について問われると西野監督は、真っすぐ前を見つめて、口を開きました。

「契約が今月の末日までですので。この任務を受けた瞬間からW杯終了までという気持ちだけで、やってこさせてもらいました。途中でこういう形になりましたけど、任期を全うしたという気持ちでおります」

W杯直前の交代からベスト16まで、日本代表をまとめてきた西野監督の突然の勇退表明。

続投が望まれていただけに驚きました。

実はこの勇退は規定路線だったようです。

最初から決まっていた?

この日の会見には日本サッカー協会の田嶋幸三会長が同席。

西野監督について任期を終える7月末で退任することを明かしました。

「僕がこの監督の任務を西野さんにお願いするときに、結果がどうであれ、この大会が終わったら、ということを約束しました」

田嶋会長の話からすると、もし8強、万が一優勝したとしても西野監督は今大会限りだったということですね。

そうすると次期監督の構想もすでに大会前からあったのでしょうか?

田嶋会長は後任監督について改めて「まだ白紙の状態」と説明していますが、複数の関係者によると、外国人として最有力候補とされているクリンスマン氏との交渉は大詰めに入っているそうです。

協会は年俸200万ユーロ(約2億6000万円)を提示し、本人も就任に前向きとのことです。

最有力後任候補クリンスマン氏

ユルゲン・クリンスマン氏【写真:Getty Images】

<スポンサーリンク>

クリンスマン氏は2004年に前任者の辞任を受けて、ドイツ代表監督に就任しました。

米国式のトレーニングシステムを導入するなど再建に着手し、06年W杯ドイツ大会で母国を3位に導きました。

前回14年W杯ブラジル大会では米国代表監督として16強入りを果たしています。

監督としては成果を上げていますが、選手時代はどうだったのでしょうか?

  • 1978年に西ドイツのクラブチーム・SVシュトゥットガルター・キッカーズに入団。
  • 1984年にVfBシュトゥットガルトへ移籍し、1987年/1988年シーズンには得点王を獲得。
  • 1989年にはセリエA・インテル・ミラノへ移籍。3シーズンの間インテルでプレーし、その後ASモナコでは1シーズン目にリーグ戦で20ゴールを記録する活躍を見せた。
  • トッテナムではリーグ戦21ゴールを挙げるも一年で母国へ帰還。
  • 1995年に母国バイエルン・ミュンヘンに移籍して2シーズンを過ごし、UEFAカップ、リーグ優勝を獲得。
  • 1997年からはサンプドリアに移籍、シーズン途中トッテナムは復帰15試合9得点を記録し1998年でプロとしては現役を引退した。
  • 2003年からはアメリカのアマチュアクラブのオレンジカントリー・ブルースターズでプレーし現役を引退した。

2016年11月4日、ドイツ代表の名誉キャプテンに選出されています。

選手時代も実績のある方なんですね。

パン職人の息子であり、クリンスマン氏もパン職人の資格を取得しているそうです。

華やかな実績とは裏腹に私生活はきわめて地味であり、スター選手となった後も車は中古、鞄はリュックを愛用しています。

現役時代から高額な年俸の遣い道を聞かれ「将来に備えて貯蓄しているところ」と答えているそうです。

手に職があって、貯蓄もバッチリ。

万が一の時も安心ですね。

「どの監督にも好みの選手とそうでない選手がいる」と語っているそうで、選手の好みがはっきりしている監督だと評されています。

ちょっと気になる発言ですね。

まとめ

日本代表の西野監督は退任の意向で、後任にはクリンスマン氏が最有力。

20日の技術委員会で就任が内定し、26日の理事会で正式決定する流れになっているようです。

もし、クリンスマン氏が監督になった時には、選手の好みがはっきりしているとのことで、代表チームの中で軋轢などがなければいいのですが…

いずれにしても、今大会で見せた日本らしいサッカーをさらに進化させてほしいですね。

<スポンサーリンク>

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする